×

簡単じゃないからこそ
やってみたい。

PERSON #3MASANARI TSUJIINTERVIEW

経歴紹介

1993年、三重県松阪市に生まれる。18歳でクリエイターの道を志願し、三重県立松阪工業高校から名古屋学芸大学へ進学。グラフィックデザインをはじめ、インテリア、スペースプロダクトなどを学ぶ。最終学年に上がる前、自分に対しこのままでいいのか?という疑問を感じ、カナダへ1年間留学。帰国後、物事に対する感覚が変わり、現代美術に関心を持つ。そして、愛知県立芸術大学 彫刻専攻 修士課程に進学。現在は、アーティストとして活動していくことを目標に、日々制作・研究に勤しんでいる。

目標に向かう過程や、進路を選択する時に悩んだこと

そもそも美術家・芸術家という言葉が持つ、世間離れしたイメージ対して悩むことが多いです。沢山の人に「将来どうするの?」などと言われ、そのたびに自分の無力さを痛感します。自分にもっと力があれば、結果が出ていれば、って。家族や仲間に迷惑をかけることもあります。でも、簡単じゃないからこそ、どこまでいけるかやってみたい。美術に出会ってしまったし、目標になる人や場所、夢まで見つけてしまったから。そもそも、僕自身も『芸術家なんて』って大変そうで地味なイメージ持っていたので、悩んでもまあそんなもんだと割り切っています。

目標に向かっていく「原動力」

究極的には、応援してくれてる家族、仲間ですかね。みんなが知っているように美術で生きていくのは簡単じゃなくて、夢はあるけど金は無いなんてよく聞く話ですが、そんな不安が今まさにリアルな感覚として目の前にあります。誰かが導いてくれる訳でもない環境は孤独です。だけど自分の夢、目標のために向かっていけるのは、家族や仲間という存在があるからだと思います。いつか、今の私を応援してくれている方々へアートの力で気づきを与え、恩返しするというのが私の夢の一つです。

人生のターニングポイント

高校三年生の時に進学を決意した時です。勉強は本当に苦手で嫌いでしたが、このままだと落ちこぼれてしまい、予想のつく人生を歩むことになると思いました。皆を驚かせたかったという気持ちもあったかもしれません。当時は親にも学校の先生にも反抗してばかりいたので。

美術にのめり込んでいった理由

学部時代の学習やカナダでの経験を通じて、デザインとアートの違いに気付き始めたことがきっかけです。アートは自分が中心に居て、様々な表現の中で素材やテーマを選択し作品化していく。その感覚がストリートカルチャー(私の中ではブレイクダンス)に似ていました。どんどん発想が展開されていき、アウトプットしたくて仕方なくなる感覚ですね。それら全てが自分の内から出てきた表現であり、自分の気づきであるということもブレイクダンスに似ています。ブレイクダンスから気づくことがたくさんあって、その感覚をアートに持ち込んでいます。それがダイレクトにできるのは現代アートだと思っています。ブレイクダンスというワードから身体性・身体表現という美術用語へ変化し、今の自分の作品が生まれました。常に変化を求めて作品を作っているので、これからどのように変化して行くかわかりませんが、ブレイクダンスとファインアートが私の中で互いに影響しあって、私にしかできない表現となるよう進んでいきたいです。

最後に、生きていく上で大事にしていることを教えてください。

感謝と希望です。日々生かしてもらえていることに感謝したいし、周りに居てくれる人や環境に感謝しています。そして自分の可能性を疑わないことです。人生は上手く行くことばかりじゃないです。でも夢があってそれに向かえる力と環境があるって素晴らしいことだと思います。日々の生活に感謝して希望、可能性を持って一日一日生きたいです。

BACK

LIVE ON YOUR IMPULSE.